■いがぽんさんの失敗談
平成3年度
この回は初受験でした。私は建築とは違うことを5年もやってしまったので受験資格を取ったころには一部の友人はすでに一級建築士となっていました。
私のモットーは最低限の努力で最大の効果をあげること。(ようするに少しでも手抜きをしようとするタイプ)
「平成元年合格のやつに聞くと62点くらいがボーダーラインだったよ」と言われていたので、そこそこ勉強し、夜はちゃんと遊びに行き、気軽な気持ちで受験。午後の試験では昼寝もし、早く帰ってデートだぜと1時間半くらいで席を立ってきました。そして予定通り62点をとってきました。
(60点くらいのやつも受かっていたのがいたぞ、とも言われてました)
業者さんの点数チェックでもたぶん大丈夫ではないかと言われていたので自分の母校に通学を決定。9月の初旬から開講していたが、学科発表までは1回も行かなかった。ま、受かってたら行こう。その程度の認識でした。
そして、学科発表。世の中そんなに甘くない。その年は65点になっていました。結局、製図は一度も行かないまま、流れてしまいました。(お金がもったいねーと思いつつ、無駄にしていたのは自分ということに気づいていない、まだ20代の話しでした。)
そして、N建とS資格からお誘いもあって翌4年、S資格にお世話になることになるのでした。
平成4年度
昨年(3年)失敗した私はS資格にお世話になっていた。授業は午後の部を選択。しかし、もともとものぐさな私は、当日の天気でさえ行かない理由にしていた。
「あーあ、この雨じゃちょっと行く気しねぇな。休んじゃお(^^)」とか
「あー、こんなにいい天気に学校かよぉ。その前に、**ちゃんに電話してっと。
えー、今日暇してるの、じゃ遊ぼうぜ。今日も、休んじゃおっと」などなど。
起きてからなまじ時間があるために行く気が簡単に失せてしまう私でした。それから、学校まで車で行っていたのですが、車が停められない時も帰ってきたりしてました。<バカです、すみません。(^_^;...
それでも、そこそこ勉強し、今回もボーダーラインの65点を獲得。
午前の試験では計画30分、法規2時間30分と時間配分して、計画のわからない部分は1から5までをばらつきなくマーク。だいたい5個づつに調整。
午後の昼寝、1時間半で帰ることも予定通り。そして、早く帰ってデート。そして、発表・・・やはり不合格。この回は67点になっていた(笑)
来年は割引制度がありますよと言われたが毎年行けるほどお金持ちではないので断る。
そして、平成5年へと向かうのだった。
平成5・6年度
平成3・4年度と毎回2点不足してきた私は平成5・6年度は独学でやることに決めていた。(3・4年と学校に行ったが不合格続きだったので、貧乏人と化していた。)
しかし、この年になってもまだ自分の性格を掴みきれていなかった。そう、もともと怠け者の私が独学で勉強するわけがなかった。f(^_^)ぽりぽり
「年内からじゃ、早いよな」
「まー、年越ししてから本格的にやろう」
「3月くらいからやっかな」
「GWあけからだな」
「とりあえず願書だしておくか、勉強はそれからだ」
「こんな量、たった2ヶ月で勉強できるわけないジャン」
とあっさりギブアップ。(笑)
当日は、もちろん、欠席してました。(^-^;アハハ...
平成7年度
5、6年と独学で学科に挑戦したがやはり自分の性格では無理と判断。毎年お誘いしてくれるN建に行くことを決意。気づけば誘ってくれていた担当者が課長になっていました。また、この2年で彼女も変わっていました。(^_^;
今年こそはと気合いを入れ直し、まじめに勉強した。クラスでも平均よりちょっと上くらい(中の上ってとこ)模擬試験もまぁまぁ、自分でも上出来と思っていた。しかし、ここでまた悪い癖がでてきた。それは
「これくらいできれば大丈夫だろう」
中の上、実はこの当たりが当確ラインなのだった。
そして、当日。あいかわらず、そこそこの出来。(^^;
いつもどおり、計画で判断が微妙な問題を1から5までバランス良くマークして、法規も2時間半たっぷり時間を使う。苦手な施工もまぁまぁだし、今年は大丈夫か?とやはり午後を1時間半で帰ってくる。
そして、結果は68点。内容は計画12、法規21、構造19、施工16。ちょっといやぁな予感が走る。2年前なら大丈夫な点数だが?結果はがっくりの不合格。総合点で引っかかったか、計画の足きりに引っかかったかどちらかとのこと。そうそう、この年は久しぶりに最終合格人数が1万人を超えた年です。
この時、固く誓った二つのことがら。
1.マークをバランス良く選ぶのをやめた。
わからないからって1〜5番をバランスを取るなんて余計、点数をさげているんじゃないか?
2.午後ももうちょっとまじめにやろう。早く帰ってもしょうがないと思った。
平成8・9年度
7年に不合格になり、そのままN建のセレクトコースを選択。これは8年の学科を短期でやり、製図はちゃんと初めからというコース。この年、学科不合格の場合は翌年、学科までは込み込みとのこと。いちおう、8年に結婚準備&引越し等が予定されていたので9年からということにしてもらっていました。
はい、この短期コースというのは5月くらいから学校が始まるんですが、そこまでは自分でやってなければいけないんですねぇ。お約束通り、やってません(笑)。しかも2回行った後、現場内で高所から落ち、1週間の入院、一ヶ月の自宅療養という状態だったので、本来なら勉強のできる環境だったのですが寝返りもうてないほど痛かったので勉強なんてまったくできませんでした。もちろん、試験にも行けませんでした。
今は笑い話ですが、新婚いきなり未亡人にするところでした。
そして、いよいよ平成10年に向けてスタートすることになるのでした。
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■コウタパパさんの失敗談
そう、あれは3年前の夏。学科試験の日。ものすごい暑さの中会場に入り、いよいよだーと気合を入れた時、なにやらぷ−んと(なんかすえたような、目が痛くなるような。)してきて、おまけに吐き気をもよおして、これはヤバイと思い席をたった瞬間です、原因発見!もうおわかりですね。私の両隣の人が、わきがだったのです。ハンカチもなく、タオルもなく、ただひたすら神経を集中させて試験にのぞみました。結果はダメでした。
今年の夏、天気はどうなるかわかりませんが、ハンカチ位は持参しましょう
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■あさんの失敗談
一昨年初めて一級学科を受験したのですが、50人位しか入れない教室の一番真中の一番前でした。監視のおにいさんとはしょっちゅう目があっちゃうし、なんかやだけどこれも運だししょうがないなと思っていました。
ふと左となりを見ますとノースリーブの色白のかげろうのような細身のそれはそれは綺麗な女のひとがすわってまして、法令集の青本と赤本2冊持ってまして、それぞれぼろぼろ使い込んだようすで、「気合はいってすごいなー」などと悠長におもっておりました。
ところが試験がはじまるやいなや「ばりっ!ばりっつ!ばりっつっつ!」左となりからテストのページをめくる音と法令集をめくる音。
まるで親のかたきのように。
よくそんなによいおとがでるものだと感心してしまうくらいずーっと時間がくるまでえんえんと。そのおとをききつつ「このぐらいの気迫がないと受からないのか・・・・」もうその時点で根性負けしてました。あとから聞いたのですが、あんまりうるさいときは監視の方に言って注意をうながしてもらうこともできたのだそうです。
世の中にはいろんなことがありますが、それをあるていど予測して準備はしていった方がよさそうです。
タオルや熱さまシートや耳栓などなど、たまに冷房利きすぎで手がかじかむなんてこともありです。私の場合は完全自信喪失でしたけど。
それともうひとつ。
いまのはどうか知らないのですが、赤い法令集のほうが紙質が手に吸付く感じでひき易い気がします。青い方は私がさわった時はざらざらしてて片手ひきがしにくかったのですが、どんなものでしょうか。とりあえず今年は2冊お守り代わりに持っていってみようかななんて思ってます(冗談です)。
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